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    【メジャーリーグ】パイオニア野茂英雄が日本プロ野球界に与えた衝撃と影響力

    【メジャーリーグ】

    野球が大好きで野球の魅力を伝えたいけんにぃです。

    日本人がメジャーリーグでプレーする事を、夢ではなく現実的な目標として掲げられるような日本人メジャーリーガーのパイオニアになった野茂英雄。

    この一人のプレーヤーが日本球界に与えた影響はどれほどの事だったのでしょうか。

    彼が残した功績と影響力について見ていきましょう。

    日本人メジャーリーガーのパイオニア野茂英雄がプロ野球界に与えた衝撃と影響力

    野茂英雄プロフィール

    出身地 大阪府大阪市港区
    生年月日 1968年8月31日(52歳)
    身長
    体重
    188 cm
    99.8 kg
    投球・打席 右投右打
    ポジション 投手
    プロ入り 1989年 ドラフト1位
      ※経歴※
    • 大阪府立成城工業高等学校
    • 新日本製鐵堺
    • 近鉄バファローズ (1990 – 1994)
    • ロサンゼルス・ドジャース (1995 – 1998)
    • ニューヨーク・メッツ (1998)
    • ミルウォーキー・ブルワーズ (1999)
    • デトロイト・タイガース (2000)
    • ボストン・レッドソックス (2001)
    • ロサンゼルス・ドジャース (2002 – 2004)
    • タンパベイ・デビルレイズ (2005)
    • カンザスシティ・ロイヤルズ (2008)

    メジャーリーガー野茂英雄の誕生秘話

    高校時代は甲子園出場経験は無く、大阪大会5回戦(ベスト16)が最高成績だったが、完全試合を達成し、当時その素質を見抜いたプロ球団から誘いがあったが断り社会人野球の新日本製鐵堺でプレーしました。

    社会人時代は都市対抗野球に出場し、日本代表にも選出されソウルオリンピックで銀メダル獲得に貢献しています。

    アマNo.1投手になった野茂はなんとドラフト史上最多8球団から1位指名を受け近鉄バファローズに入団します。(※現在も最多指名記録)

    契約金は史上初の1億円台に到達し異例の契約条件にトルネード投法を変更しないことを加えたとされています。

    野茂は数々の記録を打ち立て史上最多8球団競合の期待通りの活躍をします。

    史上初の新人から4年連続最多勝と最多奪三振(1990年-1993年)を達成。

    ここまで全てが順風満帆に見えましたが、なぜ突然野茂英雄がメジャーへ行くことになるのでしょうか。

    近鉄球団への違和感と不信感

    • 1994年の契約更改の際、「君はもう近鉄の顔ではない」と言われる
    • 開幕投手であるにも関わらず、球団関係者に本社の人間が来るので車を動かすよう要求された(藤井寺球場には選手専用駐車場が無かった)。
    • 観客動員が増えることで収入が増え、優勝したらその分年俸を上げなくてはいけなくなるため、契約更改の席で「熾烈な優勝争いをして2位に終わるのが一番」と言われた。
    • 4年連続最多勝のシーズンオフに現状維持の年俸を提示された。

    これだけの事を言われたりこんな扱いを受けると嫌になるのも頷けます。

    球団は野茂が近鉄でプレーする意思を表明しない限り、トレードや自由契約ではなく「任意引退」として扱おうとしています。

    自由契約にならない限り他球団でのプレーは出来ないためですが、これがメジャーリーグへの挑戦を決意する1つ目の理由となったようです。

    代理人団野村は、野茂は当初からメジャー移籍を模索しており、近鉄球団から任意引退を引き出したのは作戦であったと後に明かしています。

    監督との確執

    入団当初、仰木彬監督の下でプレーしている時は仰木監督も野茂に対し絶大な信頼を寄せ調整から全て任せていました。

    その後仰木監督退任後、新監督として就任した同じ投手出身の監督・鈴木啓示との確執が近鉄を退団する大きな理由になっています。

    入団時に条件にしていた「トルネード投法変更しない」にもかかわらず有無を言わさず投球フォームを変更するよう指示したり、スロー調整の野茂に対して独自の調整票を押し付けたりでどんどん野茂の気持ちも離れていくことになります。

    これらの要因が重なり近鉄を退団することになります。

    後に野茂は「僕は、別にどうしてもメジャーでやりたかったわけじゃない。ただ、あの監督(鈴木)の下ではやれないと思った、それだけなんです」という発言をしていることから本人にとっては不運な状況からメジャーへ挑戦するという今では考えられない流れで海を渡ることになりました。

    日本プロ野球界へ与えた影響力と功績

    ここからは野茂英雄が日本球界に与えた多大な功績を見ていきましょう。

    • 野茂英雄に続いた日本人メジャーリーガー

    それまで日本人はメジャーで通用しない。アメリカではそれが定説でした。

    それを覆したのが野茂英雄であり、日本人でも十分メジャーリーグで通用することを証明してみせたパイオニアであることは間違いありません。

    野茂英雄がメジャーリーグで結果を残した後、日本人がどんどんメジャーに挑戦出来るようになりました。

    野茂英雄以降海を渡った日本人メジャーリーガー一覧

    • マック鈴木:シアトル・マリナーズ(1996)
    • 柏田貴史:ニューヨーク・メッツ(1997)
    • 長谷川滋利:アナハイム・エンゼルス(1997)
    • 伊良部秀輝:ニューヨーク・ヤンキース(1997)
    • 吉井理人:ニューヨーク・メッツ(1998)
    • 木田優夫:デトロイト・タイガース(1999)
    • 大家友和:ボストン・レッドソックス(1999)
    • 佐々木主浩:シアトル・マリナーズ(2000-2004)

    2001年野手として日本人初のメジャーリーガー誕生(イチロー・新庄)

    • イチロー:シアトル・マリナーズ(2001)
    • 新庄剛志:ニューヨーク・メッツ(2001)
    • 石井一久:ロサンゼルス・ドジャース(2002)
    • 小宮山悟:ニューヨーク・メッツ(2002)
    • 野村貴仁:ミルウォーキー・ブルワーズ(2002)
    • 田口壮:セントルイス・カージナルス(2002)
    • マイケル中村:トロント・ブルージェイズ(2003)
    • 松井秀喜:ニューヨーク・ヤンキース(2003)
    • 松井稼頭央:ニューヨーク・メッツ(2004)
    • 多田野数人:クリーブランド・インディアンス(2004)
    • 高津臣吾:シカゴ・ホワイトソックス(2004)
    • 中村紀洋:ロサンゼルス・ドジャース(2005)
    • 藪恵壹:オークランド・アスレチックス(2005)
    • 井口資仁:シカゴ・ホワイトソックス(2005)
    • 斉藤隆:ロサンゼルス・ドジャース(2006)
    • 大塚晶則:テキサス・レンジャーズ(2006)
    • 城島健司:シアトル・マリナーズ(2006)
    • 桑田真澄:ピッツバーグ・パイレーツ(2007)
    • 岡島秀樹:シカゴ・ホワイトソックス(2007)
    • 井川慶:フィラデルフィア・フィリーズ(2007)
    • 岩村明憲:タンパベイ・レイズ(2007)
    • 松坂大輔:ボストン・レッドソックス(2007)
    • 黒田博樹:ロサンゼルス・ドジャース(2008)
    • 福留孝介:シカゴ・カブス(2008)
    • 福盛和男:テキサス・レンジャーズ(2008)
    • 薮田安彦:カンザスシティ・ロイヤルズ(2008)
    • 小林雅英:クリーブランド・インディアンス(2008)
    • 川上憲伸:アトランタ・ブレーブス(2009)
    • 高橋健:ニューヨーク・メッツ(2009)
    • 上原浩治:ボルチモア・オリオールズ(2009)
    • 田澤純一:ボストン・レッドソックス(2009)
    • 五十嵐亮太:ニューヨーク・メッツ(2010)
    • 高橋尚成:ニューヨーク・メッツ(2010)
    • 建山義紀:テキサス・レンジャーズ(2011)
    • 西岡剛:ミネソタ・ツインズ(2011)
    • 青木宣親:ピッツバーグ・パイレーツ(2012)
    • 川崎宗則:シアトル・マリナーズ(2012)
    • 岩隈久志:シアトル・マリナーズ(2012)
    • ダルビッシュ有:テキサス・レンジャーズ(2012)
    • 田中賢介:サンフランシスコ・ジャイアンツ(2013)
    • 藤川球児:シカゴ・カブス(2013)
    • 田中将大:ニューヨーク・ヤンキース(2014)
    • 和田毅:シカゴ・カブス(2014)
    • 村田透:クリーブランド・インディアンス(2015)
    • 前田健太:ロサンゼルス・ドジャース(2016)
    • 大谷翔平:アナハイム・エンゼルス(2018)
    • 平野佳寿:アリゾナ・ダイアモンドバックス(2018)
    • 牧田和久:サンディエゴ・パドレス(2018)
    • 菊池雄星:シアトル・マリナーズ(2019)
    • 秋山翔吾:シンシナティ・レッズ(2020)
    • 筒香嘉智:タンパベイ・レイズ(2020)
    • 山口俊:トロント・ブルージェイズ(2020)

    野茂がメジャーに挑戦した後、延べ60人もの日本人メジャーリーガーが誕生しています。

    野茂が挑戦するまでは、1964年に村上雅則さんが唯一の日本人メジャーリーガーでした。

    30年ぶりに挑戦した野茂英雄という日本人がメジャーリーグで大活躍し日本人の評価を上げ、後に続く日本のプロ野球選手に現実的な目標と希望を生み出したことは間違いありません。

    NPB・MLBで残した記録とタイトル

    NPB

    • 最多勝利:4回 (1990年 – 1993年)※パ・リーグタイ記録(他は稲尾和久)。4年連続受賞は2リーグ制以降の投手として最長記録(最多は1リーグ制時代のV.スタルヒンの5シーズン連続)。
    • 最優秀防御率:1回 (1990年)
    • 最多奪三振:4回 (1990年 – 1993年)
    • 最高勝率:1回 (1990年)

    MLB

    • メジャー通算投球回:1976回1/3
    • メジャー通算勝利数:123勝
    • メジャー通算奪三振数:1918個
    • メジャー通算完封数:9回
    • メジャー通算完投数:16回
    • 開幕投手:3回(2000年、2003年、2004年)
    • ノーヒット・ノーラン:2回(1996年、2001年)
    • シーズン最高防御率:2.54(1995年)
    • 1試合最多奪三振数:17個
    • オールスターゲーム出場:1回(1995年)※先発投手
    • リーグ最多完封(1995年)
    • 新人王(1995年)
    • 月間MVP:2回(1995年6月、1996年9月)

    まとめ

    いかがでしたでしょうか。

    野茂英雄が日本プロ野球へ残した功績は計り知れません。

    メジャーリーグへ行くきっかけも意外なきっかけで実に面白いなと思います。

    突出した技術を才能を持ちながら決して人に流されず、自分の信じた道を突き進む野茂英雄の生きざまは本当にかっこよく学ぶことが多いように思います。

    今ではメジャーリーグ挑戦は珍しいことではなくなりました。

    その礎を築いたのがこの選手だったことをいつまでも忘れずにこれからもNPB、MLBを楽しんで観ていきたいと思います。

    ではまた。

    ➡️【プロ野球】ポスティングシステムとは?譲渡金や行使した選手を解説

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