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    【高校野球】甲子園のベンチ入り人数の変遷《18人はいつから?》

    【高校野球】

    野球が大好きで野球の魅力を伝えたいけんにぃです。

    甲子園大会でのベンチ入りメンバーは18人と決まっています。

    この18人というのは大会が始まった当初からこの人数でやっていたのでしょうか。

    ベンチ入り人数の変遷をまとめました。

    合わせて地方大会のベンチ入り枠は20人という甲子園との違いについても解説したいと思います。

    では見ていきましょう。

    ベンチ入り人数の変遷

    甲子園ベンチ入りメンバー人数の変遷

    • 1915年👉大会が開始された当時はベンチ入り人数に制限なし
    • 1928年👉部員数の大小の不公平を無くすためベンチ入りメンバー14人に制限
    • 1978年👉全国49代表校になり、ベンチ入りも1人増員で15人に
    登録人数
    1915年夏~ 制限なし
    1928年夏~ 14名
    1978年夏~ 15名
    1994年春~ 16名
    2003年夏~ 18名

    歴史を見るとベンチ入り14人の時代が一番長く50年間も続いています。

    18人になったのも、当時2年生だったダルビッシュ有投手が常総学院との決勝戦で戦ったあの夏です。

    意外と最近の話で驚きました。

    強豪校になると部員が100人を超えるところが多く、18人しかないベンチ入りの枠は非常に少なく感じます。

    甲子園は18人、地方大会は20人の謎

    ベンチ入り人数の話題になると必ず上がるのが、この18人、20人問題です。

    甲子園大会のベンチ入りは18人に対して、地方大会(予選)は全国統一で20人なんです。

    甲子園出場を共に戦ったチームメイトが、甲子園出場を決めると2人がベンチから外れるという残酷な事態が起きます。

    なぜこのようなことになっているのでしょうか。

    高野連がルールブック

    日本高校野球連盟の説明は以下です。

    「日本高野連が甲子園の登録メンバーは16人とか18人と決める。これが基本である。各地方大会では、それぞれの事情もあり、登録人数を自由に決めるのを認めている。だからといって、その人数に高野連が左右されることはない」

    要は、人数制限は高野連が決めていて、地方大会に関しては各自治体に任せているので、地方大会を20人にしていて2人の選手がベンチ外になってしまうという問題を出したくないなら、高野連に合わせて18人にしたらいいというスタンスでアナウンスしています。

    言っていることはわかりますが、全国の地方大会が20人という枠で行われている以上、1人でも多くの選手を甲子園の土を踏ませてあげるために、甲子園(全国大会)も20人に合わせてくれた方がみんな幸せなように気もしますが、、

    こういった理由で、18人と20人のベンチ入り人数に差が生まれていたんですね。

    まとめ

    いかがでしたでしょうか。

    高校野球のルールは全て日本高校野球連盟が決めています。

    これまでも何度もベンチ入り人数が増えてきた歴史があるので、甲子園大会も20人で戦いに臨める日もそう遠くないかもしれませんね。

    ではまた。

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