
プロ野球の監督ってどれくらいの年俸もらってるの?
球界一の高額年俸をもらってる監督は誰?
このような疑問にお答えします。
プロ野球選手は、活躍すると億を超える年俸を手にしますが、実際にはプレーしていない監督は、どれくらいのお金をもらっているか気になりますよね。
契約更改の時期は、スター選手ばかりがニュースになってなかなか監督の年俸って見聞きしないと思います。
この記事では2025年12球団の監督年俸ランキングをまとめました。
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ニックネーム:けんにぃ
野球歴30年の野球特化ブロガー
【2025年最新】プロ野球の監督の年俸っていくら?12球団監督年俸ランキング

2025年NPB12球団監督年俸ランキング
| 順位 | 球団 | 監督名 | 推定年俸 |
| 1位 | 巨人 | 阿部慎之助 | 1.5億円 |
| 1位 | 日本ハム | 新庄剛志 | 1.5億円 |
| 3位 | 横浜DeNA | 三浦大輔 | 1億500万円 |
| 4位 | ヤクルト | 高津臣吾 | 1億円 |
| 4位 | 中日 | 井上一樹 | 1億円 |
| 4位 | ソフトバンク | 小久保裕紀 | 1億円 |
| 7位 | 阪神 | 藤川球児 | 8,000万円 |
| 7位 | オリックス | 岸田護 | 8,000万円 |
| 7位 | ロッテ | 吉井理人 | 8,000万円 |
| 10位 | 広島 | 新井貴浩 | 7,000万円 |
| 10位 | 西武 | 西口文也 | 7,000万円 |
| 12位 | 楽天 | 三木肇 | 4,000万円 |
やはりというか、巨人の阿部慎之助監督がトップに君臨しています。
同額で日本ハムの新庄監督がトップになっています。
阿部慎之助監督は2年目、新庄剛志監督は4年目での額になっています。

監督の平均年俸はおよそ6000万〜8000万円が相場になっているので、阿部監督と新庄監督の年俸が飛び抜けているかがわかりますね!
監督の年俸は複数年になればなるほど、年俸が高くなる傾向にあります。
また当然実績を重視されるので、まだ実績がない監督だと6000〜7000万辺りからスタートする場合が多いようです。
【歴代監督】高額年俸ランキングTOP5

ここからプロ野球の歴史を振り返り、歴代の監督年俸ランキングを調査しました。
| 順位 | 球団 | 監督名 | 推定年俸 |
| 1位 | ロッテ | ボビー・バレンタイン | 5億円 |
| 南海 | 野村克也 | 5億円 | |
| 3位 | 中日 | 落合博満 | 3億7000万円 |
| 4位 | ソフトバンク | 王貞治 | 2億2500万円 |
| 5位 | 阪神 | 星野仙一 | 2億円 |
| 巨人 | 原辰徳 | 2億円 |
歴代のランキングは、かなりの高額年俸になっています。
まず南海の野村克也監督は、選手兼監督の立場にあり、選手としての実績は申し分ない状況での兼任監督でした。
当時は1970年代と今から50年以上前に年俸が5億を超えるいうのは、かなりの高額年俸だったことがわかります。
また、ロッテのバレンタイン監督に関しては、2005年にロッテを31年ぶりの日本一に導いた実績をひっさげ、バレンタイン監督が直接年俸交渉をして勝ち取った金額のようです。

やはりアメリカ人は「結果を出したんだからその分しっかり対価を払ってね」という交渉をしっかり行い自ら高額年俸を勝ち取るようです。
なかなか日本人でここまで強気で交渉出来る方はいないんじゃないでしょうか。。
中日の落合監督に関しては、プロ野球の監督としての実績を確実に残した功績による当然の年俸だと思います。
落合監督時代の中日ドラゴンズの成績
年度別監督成績(レギュラーシーズン)
| 年
度 |
球
団 |
順
位 |
試
合 |
勝
利 |
敗
戦 |
引
分 |
勝
率 |
年
齡 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | 中日 | 1位 | 138 | 79 | 56 | 3 | .585 | 50歳 |
| 2005 | 2位 | 146 | 79 | 66 | 1 | .545 | 51歳 | |
| 2006 | 1位 | 146 | 87 | 54 | 5 | .617 | 52歳 | |
| 2007 | 2位 | 144 | 78 | 64 | 2 | .549 | 53歳 | |
| 2008 | 3位 | 144 | 71 | 68 | 5 | .511 | 54歳 | |
| 2009 | 2位 | 144 | 81 | 62 | 1 | .566 | 55歳 | |
| 2010 | 1位 | 144 | 79 | 62 | 3 | .560 | 56歳 | |
| 2011 | 1位 | 144 | 75 | 59 | 10 | .560 | 57歳 | |
| 通算:8年 | 1150 | 629 | 491 | 30 | .562 | Aクラス8回 | ||
通算8年間の監督生活で、なんと日本一1回、リーグ優勝が4回、2位が3回、3位が1回と全てでAクラス入りを果たし、抜群の強さを維持し続け常勝中日を作り上げたのは、間違いなく落合監督でした。
当時の中日は、練習量が12球団の中でもダントツに多く、特に守備練習では落合監督自らノックをして中日の代名詞でもあった鉄壁の守り勝つ野球を体現させていました。

2011年のチームシーズン防御率が2.46という数字がいかに凄いことか…って感じです。プロ野球コアファンなら分かっていただけるはずです!
投手起用に関しては、自身が野手だったことから、信用を置いているコーチの森繁和に任せて一切口出ししなかったと言われています。
これについて落合監督は「(下手に口を出すと)大抵それで失敗する」と発言しており、選手だけでなくコーチ陣に対しても信頼し任せていたようです。
プロ野球の歴史に残る名監督であった事は確かですね。
まとめ

監督もかなりの年俸を貰っている事がわかりました。
しかし選手同様、結果が出なければすぐに交代です。改めて厳しい世界です。。
そんな中でもどの時代にも名監督がおり、監督が誰になるかでチームは簡単に強くも弱くもなります。
それがまた面白いところでもありますね。
今回は以上です。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

